色彩の輪廻
2019年6月2日(日)— 6月21日(金)
M画廊

















色彩の輪廻

・・・蔵の前に咲きしげる芝桜、それが私の一番初めの記憶だ。・・・

(2018年 M画廊発行の門田光雅 作品集Ⅱ「今日までを辿って」より)


 私が生まれた静岡県の春野という町のそばに、「京丸」と呼ばれる隠れ里があったそうで、その里では60年に一度、幻の大きな牡丹が咲くという。おそらくそれは、遠方に咲くツツジか芍薬の群生の見間違いだそうだが、私が育った遠州地方は、そのような言い伝えがあるような、のどかな田舎で、そのツツジや藤などの色とりどりの花が、初夏の山間によく映えていた記憶もぼんやりとある。

 私は山で生まれ、海のそばの母の実家で育ったのだが、いま思い返してみれば、うねり渦巻くような筆致にせめぎ合う私の色彩には、どこかそのような記憶の底にある原風景も、溶け込んでいるのかもしれない。今年の4月まで開催した名古屋での個展「Reform」を終えて、その搬出をした流れで、関西に転居した新しい実家に帰省する。そこで、父に預けていた2010年制作の「眠りの森」という作品をたまたま見つけた。

 未完成の作品や古い絵の具の再生の中で、絵画を見つめ直す展開を、ここ数年間続けてM画廊でも発表をしてきたが、そろそろ違う一歩を踏み出したい気持ちもどこかにあって、ちょうどそのようなタイミングに、久しぶりに対面した昔の作品を見て、「この絵をもとに、新たな絵を描いてみたい」そのような妙な気持ちが不意に湧いて、三村さんにいろいろご迷惑をかけながら、随分もがいた末に「隠れ里(京丸)」という絵ができた。

 「隠れ里(京丸)」は、画面に立ち込める様に広がる色彩の中に、潜むような赤い発色が印象的な作品で、幼少を過ごした地元の伝承が、今日に絵画として生まれ変わった様な不思議な手応えがあって、時間や場所を超えて、この展示へと通じるものができたように思えた。

 また今回では、「漉返し経」の展開の一つの節目として、「風神」と「雷神」という作品も添えたいと思っていて、宗達で有名な風神雷神図屏風は、元を辿れば海を超えて、中国の壁画に原型があるようで、さらに大元はギリシャ彫刻まで至るという。そのようなイメージの東西を超えた輪廻もひっくるめて、今日にそれを私なりの感覚で、色彩に置き換えた意図を、このようなタイトルに込めている。

 色彩を巡り深めてきた絵画の展開と、私の過去から今日に至った因果も絡めて、また何かを求めたい私の新たな原点としての意味を、僭越ながらこのM画廊の30周年の機会に、重ねたいと思っている。

門田光雅


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